東京高等裁判所 昭和38年(ラ)325号 決定
案ずるに、債権者本件抗告人、債務者本件相手方の東京高等裁判所昭和三十八年(ウ)第一一三号仮処分申請事件において同裁判所が発した仮処分は、一、債務者(本件相手方)は係争建物部分につき債権者(本件抗告人)が昭和三十八年三月末日まで行う地下防水工事及びそのための昇降階段設置工事に関する補修工事を妨害してはならない。二、債務者(本件相手方)は前記の工事現場に立入つてはならない。三、債権者(本件抗告人)の委任する横浜地方裁判所執行吏は本決定の趣旨に適当な処置をしなければならない旨の決定であることは記録中の疏第八号によつて明かである。
すなわち右仮処分は債務者(本件相手方)に対し、妨害禁止、立入禁止の不作為を命じたものに他ならない。しかして仮処分決定主文三は右債務者の不作為義務を履行せしめるため執行吏に対し適当な処置を執るべく命じているものと解されるが具体的に如何なる処置をとるべきかについては右決定自体から明示的には勿論、黙示的にもこれを読み取ることは出来ない。しかし執行吏は法律の定めるところに従つて裁判の命ずるところを忠実に執行する職務を有するのみであつて、その裁判を実現するためにたとえ適当な処置と思われるものであつても法律に定められた以外の行為を自己の裁量によつて自由になし得るものではない。執行吏としては本件の如き不作為を命じた裁判の執行の為め適当な処置を執るべく委任されても、如何なる行為をなすべきかは裁判の内容として定められておらないのみならず又何ら拠るべき法規がないのであるから、裁判の送達をする以外には施策の途がないのである。従てかかる場合仮処分債権者においては執行不能を理由に更に具体的な仮処分を再び申請するか又は場合により民法第四一四条第三項により更に適当な具体的内容の裁判を得て、その執行を執行吏に委任するのが執るべき途といわねばならない。
工事の妨害禁止や物件への立入禁止等の不作為を命じた仮処分命令において、仮処分債権者の権利保全の必要として、執行吏をして右命令を公示せしむべき旨定め得るか否かについては争のあるところであるが、これを命じ得るとしても、本件仮処分決定は斯る観点に立ち且つ之を為すべきことを命じているか否かは竟に明らかでない。従つて債権者たる本件相手方は右公示を執行吏に委任してなすことはできないものといわざるを得ない。しかるに執行吏が敢て右公示を為したのは違法であつて、抗告人のこれに反する主張は採用できないところである。
又抗告人は本件の仮処分は、仮処分債権者(抗告人)において本件建物の地下防水工事のために必要とするところの、床の一部を毀した上昇降階段を設け得ることが第一前提であり、そのためには仮処分債権者において一定の占有場所を現実に特定しなければ仮処分執行の目的は達し得られないのであるから、右執行のための適当な方法として、執行吏が仮処分債務者(本件相手方)占有中の作業場の床板をはがし、同所にあつた債務者所有の商品を搬出したのは適法であると主張するけれども、前記のとおり本件仮処分決定は債務者に一定の不作為のみを命じたもので、他に右執行吏のなした如き具体的作為を命じる旨の条項はなく、執行吏に適当な処置を為すべく命じた条項の存することによつては執行吏に前記の如き具体的作為を為す権限が与えられたとなすことができないことは既に述べたところによつて明白である。
抗告人は、相手方の本件異議申立事由に対する答弁(記録四一丁表六行以下参照)において、抗告人の本件仮処分申請の趣旨にはその第二項として「申請人は右補修工事のための障害物を除去することができる」と記載したのであるが、裁判所の意見に従い右第二項を削除し前記第一乃至三項の仮処分条項を申請しその決定を得たもので、裁判所の意見は昇降階段設置工事の障害物除去権は当然前記第一項の趣旨に含まれているというにあつたと主張しているが、仮処分命令の趣旨はその主文を含めて当該命令の全体に表現せられたところに従つてこれを解釈しなければならないこと勿論であるところ、仮に仮処分決定を得るまでの事情として右の如き事実があつたとしても、本件仮処分決定自体から、抗告人主張の如き物件除去の行為を債務者に命じているものと認めることは到底できないところである。従つて抗告人の右主張も採用できない。
すなわち執行吏が本件仮処分の執行として公示をなし又商品及び一階床板の撤去をしたことは違法であるから、この執行処分を取消し、原状に復せしむべきものであり、同趣旨の原決定は相当である。
(鈴木忠 谷口 加藤)